映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』の感想!タイトルの意味は?

TSUTAYAに行った時のことでした。

その日、実家に帰っていた僕は準新作を100円で借りることができるという権利を有していました。
これには駄菓子屋に「当たり」の棒を持っていくような優越感とわくわく感があったわけですね。

どうせならと思って母親も誘って、「今日は僕のおごりだ!(100円)」と言って選ばせたのです。

そんで持ってきたのが、この映画。

「少女と犬だって。いっぱい犬が出てくるみたいよ。ほら、ぐふふふ」

と、気持ち悪くもすんげえ楽しそうに持ってきた一本が『ホワイト・ゴッド』だったわけです。

ハートフルで感動的でハッピーエンドなストーリーを想像しながら選んだのでしょう。

僕は別の映画を借りていたので母親が先にこの映画を視たのですが、

見終わった母親のリアクションは無言

後で僕も見終えて記事を書こうとしているわけですが、うん。

こりゃ無言になるわ。

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『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』とは?

あらすじ

少女のリリと雑種犬のハーゲンは、母親がオーストラリアに行ってしまうため、しばらくの間、母親の元夫である父親の下で過ごすことになってしまった。
父親のダニエルは、リリを歓迎はしても、犬のハーゲンは受け入れられなかった。
追い出されるハーゲンといつも一緒にいるリリだったが、どこに行っても雑種であるハーゲンは受け入れてもらえない。
そんなとき、とうとうダニエルによってハーゲンは捨てられてしまう。
捨てられたハーゲンは、野良犬たちの集団に混じって方々を点々とするのだが、下手に人に馴れてしまっていたハーゲンは、とんでもないことに巻き込まれてしまうのだった。

さて…予告編動画を視ると面白そうに見えなくもないんですが、

こりゃあ詐欺ですね!笑

そういう映画でしたっけ!?

映画『ホワイト・ゴッド』世間での評判や評価は?

見てください、これ。

「カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ受賞」
「カンヌ国際映画祭 パルムドック賞受賞」

でました!
「ある視点」部門です!

お察しの通り、問題作と言えば多少は評価も上がるかというような内容。
風刺的な色が強く、考えさせられるから酷評するわけにもいかない…みたいな評価になってしまいますよね。

それが反映されているのが、Yahooの評価。

どう評価していいのか分からない雰囲気が如実に表れている気がします。
予告や煽りでエンターテイメントに寄せはするものの、実際に視てみると社会風刺の色が強く、さらにエンターテイメントにしても微妙なので、面白いかどうかで言ったら僕は面白くなかったと先に言っておきますね。

映画『ホワイト・ゴッド』タイトルの意味は?

こちらにインタビューが載っていました。
該当部分を引用してみます。

――タイトルの「ホワイト・ゴッド(White God)」は何を意味しているのか。

南アフリカ出身の作家J・M・クッツェーの『恥辱』という作品から思い付いたものだ。彼はその中で、「ホワイト・ゴッド」を白人のこととして描いている。世界を植民地化し、支配する人間として表現されていて、それがすごく面白く感じられた。この映画の内容と直接関係がないと思われるかもしれないが、深いところではつながっているのではないか。

もう1つには、犬の視点がある。犬にとって人間は神のようなもの。犬は人間を、人間が自分自身を愛しているよりも愛しているかもしれない、ということが書かれている。

クッツェーはまた、人間はどう生きるのかということに自ら責任を持てるはずだとも言っている。人は寛容にも不寛容にも、人間らしくも非人間的にもなれるものだ、と。それもインスピレーションになった。

僕はこれを読むまで、作中に白い犬が登場するからそいつのことなんだと思っていました…。
白い犬の「デウス・エクス・マキナ」感といい、顛末といい、皮肉が利いてるなあと思ったんですが、どうやら意図とは違ったみたいで、ちょっとショックです笑

映画『ホワイト・ゴッド』の感想・レビュー

脚本の技術

この作品は脚本の技法でもある「フラッシュフォワード」という手法を用いています。
終盤の盛り上がるシーンを一番最初に持ってくる手法のことですね。
ミステリやサスペンスで冒頭で先に殺人の瞬間を映しちゃうあれです。

そういう凝ったやり方が空回りしている感があるのは、まあいいとして、導入で登場人物に対する説明が不足しすぎているのは致命的な問題だと思いました。

特に導入の視点の置き方はかなり雑。
リリがどうして父親に預けられることになるのかを車中で描写すればいいのに、父親のダニエル視点のシーンなんか入れちゃってるんですよ。

視聴者が視たいのはおっさんの仕事ぶりなんかではなく、しばらく会っていない父親に預けられることへのリリの不安とか事情とかではないですか?
視聴者もそんなリリの不安に共感して「どんな父親が出てくるんだろう…」と父親の登場にドキドキするはずなんですけどね。
この辺りは本当に気の利かない脚本だと思いました。

ですが、社会風刺に主眼を置くのであれば、これが演出だった可能性もありますね。
キャラクターに共感させない、視聴者をあえて突き放すことによって、キャラクターを記号的に扱い、一歩引いた視点で映画を観てもらう。
だとすれば納得もいきますが、だからこそエンターテイメントとして楽しむことはできなかった、というのが僕の評価です。

どんな映画として観るか

さきほどのYahoo!映画の評価を観ると、「ホラー」や「スリラー」として楽しめた人が評価を上げているみたいです。
中には風刺映画として評価している人もいるのかな。

後者は前項でも述べたので割愛しますが、僕は前者として観ることができなかった視聴者でした。

まさに予告編であった「この争いを止めるのは少女の愛と勇気――」というとってつけたような意図を汲み取ってしまったからなんですね。
「ホラー」にしろ「スリラー」にしろ、主人公リリのストーリーと「ホラー」という要素が結びついていないように感じたからです。

ネタバレは避けたいので簡潔に述べますが、「この争い」ってリリ全然関係ないんですもん。
「リリがやりたいこと」と「作中で争っている人たち」の目的が完全に乖離しているので、どこに視点を置いて観ればいいのか本当にわかりませんでした。
「ある視点」っていったいどこに視点を置けばいいの…。

何度も言いますが、この映画は脚本が全てを台なしにしていると思いますね。

もう「どんな映画として観るか」なんて書いちゃっているとおり、この映画はごった煮です。闇鍋です。
あらゆるものを詰め込みすぎて薄まりすぎて、「強いて言うなら『ホラー』要素は楽しめました」っていう視聴者がかろうじているんだと思います。
唐突に家族の愛まで描こうとして「おいおいハリウッド超大作かよ」という展開までありましたからね。
本当に何映画なんでしょう。

ただ、このシーンだけは笑えました。

この映画の唯一の救い

リリはかわいい!

だからもっとリリの背景を掘り下げてほしかったわけですよ。
何映画として作りたかったのか分かりませんが、エンターテイメント性を捨てて風刺ができようか!と思いますね。
面白くなきゃ後世には残りませんし。

映画『ホワイト・ゴッド』はこんな人におすすめ

読んでいただければ分かったと思いますが…本当に誰にもおすすめしません!笑

犬が人に噛みつくのをみたい系の人にはぎりぎり需要があるかな…。

僕ホラーとか怖いもの苦手なんですが、その僕が安心して見れたので、ホラー大好きな人には物足りないと思います。
あと「ホラー」で評価する人いすぎですけど、ホラーシーンめちゃくちゃ少ないから注意です!

ここ最近視た映画の中で、断トツで誰にも勧められない映画になりました。

2時間無駄にしますよ…。

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